阿部慎之助で次の一軍監督決定!?突然の引退理由は?引退は2020年のはずだった・・・

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TOKYO, JAPAN - MARCH 12: Shinnosuke Abe # 10 of Japan hits a three run home run in the second inning during the World Baseball Classic Second Round Pool 1 game between Japan and the Netherlands at Tokyo Dome on March 12, 2013 in Tokyo, Japan. (Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images)

今シーズン限りで19年の現役生活に幕を閉じることになった球界一の愛されキャラ、阿部慎之助。

実は、本人は2020年をもって現役を引退することを周囲に伝えていたようです。

では、なぜまだ余力を残したままの引退になったのでしょうか?

阿部慎之助の本当の引退理由と今後の野球人生に迫っていきたいと思います。

阿部慎之助の突然の引退決意の理由とは?

阿部慎之助は2020年に現役を引退することを決めており、そのことは首脳陣にも伝えていたようです。

ではなぜ、突然の引退となったのでしょうか?

リーグ優勝を決めた翌日の9月22日、神宮球場で原監督に呼ばれた阿部選手。

そこで原監督に言われた言葉が

来年2軍監督やってくれ

勉強しなさい!

この勉強しなさいという言葉。

”次期一軍監督になるために2軍監督として勉強しなさい”

ということなのではないでしょうか。

これに対して、阿部慎之助も

1年間勉強させていただきます

と答えました。

1年間という言葉も気になります。

プロ野球界は、結果が求められる世界です。

成績が悪ければ、戦力外通告、監督に至っても同じです。

そういう意味を込めて1年といったのかもしれません。

また、別の見方もできます。

高橋由伸さんは、現役引退後すぐの翌シーズンから監督になりました。

高橋監督時代の巨人軍は、(監督経験の浅さから?)良い結果を残せませんでした。

その辺を考慮し、二軍での監督経験を1年させた後に、一軍監督という道が用意されていることもあるのではないでしょうか。(こちらの可能性は低いと思われますが・・・)

余力を残して引退について原監督からは、

おまえさんは、まだ打てるかもしれない。

できるかもしれない。

そのうちに身を引いて

次のステップの活力にしてほしい!

と言われたそうです。

この言葉に阿部慎之助は納得し、引退を決意しました。

原監督自身も、まだやりたいという気持ちもあったが、37歳という若さで現役を引退されました。

引退後は、その余力を活力に野球解説者として活躍されました。

優しい口調と解りやすい解説に定評がありました。

突然の現役引退を受けての家族の反応は?

阿部慎之助の突然の現役引退は家族にも衝撃を与えました。

家族は、奥さんとお子さん3人います(長女、次女、長男)

奥さんの反応は

『ええー!!』

全然想像していなかったようです。

一番下の小学2年生の長男の反応は

『来年、野球観たかったらどうするの?』

慎之助の反応は

『いやぁー・・・』

言葉に詰まったようです。

この子は、野球をやっていて、

『ピッチャーとキャッチャー両方やりたい』

と言っているそうです。

ピッチャーとキャッチャーの二刀流とは、斬新です。

それに対し慎之助は

『キャッチャ-やめたほうがいい』と言ったそうです。

そこには”比べられるのがかわいそう”という親心があります。

慎之助はこうも付け加えました。

『坂本勇人みたいな選手になって』と。

坂本選手は、阿部慎之助から巨人軍のキャプテンを継承した、今や巨人の顔というべき選手です。

坂本選手のここまでの成長には、阿部慎之助なくしては語れません。

阿部慎之助の一軍監督への布石?来シーズンは2軍監督!

来シーズン巨人軍の2軍監督に阿部慎之助が就任し、早くも阿部新体制が始動しております。

そこには、右でノックする阿部慎之助がいました。

もともとは、全部が右で、左でノックできないという話もあります。

女子ゴルファーの渋野日向子選手は、幼いころゴルフのほかにソフトボールをやっていたのは、今や有名な話です。

ソフトボールでは左でバッティングをしていました。

その理由は、左右のバランスを保つためとの理由でした。

阿部慎之助が現役時のあの豪快なバッティングは、左右のバランスのなせる業だったのかもしれません。

阿部慎之助を支えるコーチ陣には、現役時代をともに戦った 、山口哲也氏、実松一成氏、二岡智宏氏、加藤健氏が名を連ねます。

2軍監督は、鬼監督に徹する!

阿部慎之助は、2軍では鬼監督に撤すると公言しております。

2軍選手は、まだまだ伸びしろがあり

ゆっくりやってはいけない!

という理由からです。

どんどん成長して早く一軍に上がって欲しいという親心が伝わってきます。

阿部慎之助は監督の素質十分!後輩選手の育成に定評あり!

阿部慎之助が現役時代、オフシーズンの自主トレには、目をかけた後輩選手をグアムへ連れて行ってました。

その中の一人が坂本勇人選手です。

高卒1年目のオフに阿部慎之助から声がかかった坂本選手。

2006年のドラフトで堂上直倫(中日)のハズレ1位で巨人に入団した坂本選手。

今や巨人そして球界を代表する野球選手となりました。

坂本選手の成長に大きく貢献したのが阿部慎之助といっても過言ではありません。

坂本勇人2007年(1年目)の1軍成績

4試合出場

3打数1安打 2打点 打率333 1盗塁

坂本勇人2007年(1年目)の2軍成績

77試合出場

302打数81安打 28打点 5本塁打 打率268 

1軍での成績は、1安打でわずか4試合の出場でした。

そんな坂本選手の伸びしろに注目した阿部慎之助は、選手の見る目もあるようです。

自主トレでは、坂本選手の左ひじが開く癖を矯正する指導が(阿部慎之助より)されました。

当時は左膝が開く癖があったけど、『上半身だけ振り切って、下半身は回転させないで残す』という、打ち方は阿部さんから教わったもの。体の開きが抑えられて、今でもその練習はやっています。ずっとやっているから今は左膝が開く癖もないですし。それは阿部さんに連れていってもらって、19歳の年に教えてくれたから身に付けられたもの。本当に感謝しかないです。

   坂本勇人の言葉     引用元:スポーツ報知

また、阿部慎之助は坂本勇人選手にキャブテンとしての心得も伝えました。

阿部さんからは『お前が将来稼げるようになったら、後輩をしっかり自主トレに連れていくんだよ』と言われました。僕も後輩と自主トレに行っていろいろと伝えながら、『あ、1軍で活躍したらこんなおいしいものを食べられるのか』と思ってもらえるかなと、プライベートでもご飯を一緒に食べたりしています。そういうところも阿部さんに見せてもらって、こうなりたいなと思ったからです。

僕も主将になって、寝られなくなって、睡眠が取れなくなったりします。けど、主将をやっていた時の阿部さんは捕手で4番。僕は1、2、3番で遊撃なので、阿部さんよりも少し楽なポジション。阿部さんはもっとすごいところでやっていたんだなと実感します。主将になる前は試合をするのはチーム、選手であって、別に主将が何かをするわけではないと思っていたけど、全然違いました。その中でプレーで結果を残していたのはすごいなと思います。

坂本勇人の言葉     引用元:スポーツ報知

2015年から、キャプテンを阿部慎之助から引き継いだ坂本選手。

阿部慎之助がそうだったように、後輩から慕われる、選手の精神的柱として坂本選手は成長しました。

そのキャプテンイズムは、きちんと引き継がれています。

まとめ

阿部慎之助は、チームメイトに引退報告で

今年で野球選手としては終わりますけど、

まだ野球人生は死ぬまで終わらないと思っております

とコメントされました。

阿部慎之助の野球人生第2幕がスタートしました。

阿部慎之助が2軍で育てた選手が1軍で大勢活躍するのを巨人ファンの筆者も楽しみにしています。

今後の阿部慎之助の監督としての活躍を期待します。

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