ミライモンスター飯村一輝(フェンシング)の出身高校、家族構成、プロフィール、教育環境とその育て方

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2019年1月25日に開催されたフェンシングの高円宮杯ワールドカップで一躍注目を浴びた飯村一輝さん。

男子フレールのW杯で史上最年少で本選出場を果たしました。8888(ぱちぱち←拍手)

男子フレールといえば、日本人初フェンシングでのオリンピック銀メダリスト太田雄貴さん(現日本フェンシング協会会長)も同じクラスであり、その年代での快挙は、太田さんを超えていることになります。8888

飯村一輝さんは、『パリの星』ともよばれ、東京オリンピックの次の2024年に開催されるパリオリンピックでの活躍が期待されています。

今回は、そんな飯村一輝さんのプロフィール、教育環境、そしてそこからスーパーアスリートの育て方についてフォーカスしていきます。

飯村一輝さんの戦績と出身中学、出身高校などのプロフィール

予選を突破した高円宮杯ワールドカップとは、1日目に予選が行われ2日目に決勝トナーメントが行われます。ワールドカップだけあって世界各国から強豪選手が参加する大会です。

飯村一輝さんの他にも、日本代表の主将の松山恭介さんとロンドン五輪団体銀メダリストの三宅亮さん、2017年世界選手権2位の西藤俊哉さん、鈴木健太(法大)も予選を突破しましたが、いずれも2回戦までに敗退しました。

その中で、当時まだ中学3年生の飯村一輝さんが決勝トーナメントに進出したということは、過去に例のない快挙であり、スポーツ新聞に大きく取り上げられるほどの衝撃的な出来事でした。『パリの星』という所以はここからきています。

ちなみに決勝トーナメント1回戦で対戦した選手は、その後ベスト8まで進んだ世界トップレベルの選手です。中学3年生で世界トップクラスの選手と対戦できたことは、大きな経験になったことと思います。

同い年には、卓球で活躍してる『チョレイ』の張本智和くんがいます。この世代の選手には注目ですね。

大会成績

時期 大会名 成績
2018年7月 全国中学選手権個人フレール 優勝
2018年10月 欧州サーキット・ハンガリー大会(17歳以下) 17位
2018年10月 欧州サーキット・ハンガリー大会(団体戦) 優勝
2019年1月 高円宮杯ワールドカップ ベスト64
2019年6月 第59回中日本フェンシング選手権大会 優勝

2019年6月に開催された 第59回中日本フェンシング選手権大会 は、オリンピックを狙う1つ下の世代の大会であり、パリオリンピックを目指す飯村一輝さんにとっては、絶対に負けられない戦いでありました。

決勝では、相手にマッチポイントを握られるも、見事逆転で優勝しました。

飯村一輝さんの出身中学は、龍谷大学付属平安中学校です。(偏差値46)

中学に続き高校も龍谷大学付属平安高等学校(偏差値42-61)に進学しました。この男子フェンシング部の戦績は2019年3月のフェンシングアジアジュニア・カデの部で団体男子フレールで優勝(14か国参加)、個人でもカデ男子フレールで優勝(57名参加)とかなりの強豪校と言えます。

高校では、その甘いマスクでクラスの人気者だそうです。うらやましぃ~。

国際大会に出場している高校であることから、国内では敵なしといったところでしょうか?飯村一輝さんもこの高校に進学するつもりでこの付属中学校に進学したのだと思います。

★プロフィール★

名前:飯村一輝(いいむらかずき)

生年月日:2003年12月27日

出身:京都府

身長:168㎝(2019年1月時点)

体重:58kg(2019年1月時点)

飯村一輝さんの家族構成と生活環境。太田雄貴さんとの意外な関係

飯村一輝さんの家族構成は、両親と妹、弟の4人家族です。

父の飯村英彦さん(40代前半)は、なんとオリンピックメダリストの太田雄貴さんを20年以上にわたり指導されてこられました。

スポーツ選手は、いつも好調なわけではなく好不調の波がありま。太田選手は不調の時はいつも飯村さんに相談しており、オリンピックのメダル獲得も飯村さん無しでは実現できなかったかもしれません。

太田雄貴さんに限らず、他のフェンシング選手からの信頼も厚く、『たくさんの気付きと驚きをくれます』とその指導力には定評があります。

太田雄貴さんが飯村英彦さんを慕っていた関係で、元旦には毎年自宅に太田雄貴さんが訪れていたとのことです。

また、飯村一輝さんが中学生まで太田雄貴さんと一緒に練習をしていたとのことです。

そんな環境の中で育った飯村一輝さんのあこがれの選手はもちろん太田雄貴さんです。

夢は太田雄貴さんを超えて、オリンピックで金メダルを取ることだそうです。楽しみですね。

飯村一輝さんの教育環境とスーパーアスリートの育て方

飯村一輝さんが、フェンシングを始めたのは小学校1年生の時です。

父に『ジュースを買ってあげるから、やってみないか』と言われ、剣をとったのがきっかけだそうです。あの太田選手もお父さんからの『スーパーファミコン買ってあげる』と言われたのがきっかけで小学校3年生から始められました。ジュースで始められるとは、太田さんに比べ、なんとも安上がりですね。

私にも小学校3年生の息子がおり、私がテニスをしていた関係で今からやらせたいのですが、ゲームやYouTubeに夢中で、なかなかやってくれません。ましてジュースなんかじゃ絶対に動きません。

子供がやりたいと思ったことは、早いうちからなんでもやらせてあげられればいいと思います。また、親は自分があるスポーツに精通しているなど子供が学べるいい環境にあるのならば、子どもを騙してでもそのスポーツにチャレンジさせ、あとは子供の判断に任せればいいと思います。

『小学校1,2年生は理屈では扱えない「宇宙人」で、また飽きっぽいし夢ばかり見ている。5,6年になると、親の言うことの裏を読もうとして、素直に聞かない。3,4年生ぐらいがちょうどいい。褒めれば褒めるほど何でもやる。乗せやすいわけです』とおっしゃています。

太田雄貴さんの父、太田義昭さんのお言葉

私の息子も3年生です。一度無理にでもテニスに連れて行って、褒めてその気にさせようと思います。

飯村一輝さんのフェンシングを学ぶ環境は、最高だったと思います。

住んでいる地域が、京都府ということで近くにフェンシングの強豪校があったこと。高校野球を例にとって、近くになくても、更なる高みを目指して、また甲子園を目指すため、そしてプロ野球選手になるため、あえて県外の強豪校へ進む子供たちがいます。親は、その子供たちの夢をかなえるために全力でバックアップしてあげる必要があると思います。

飯村一輝さんにとって何より最高の指導者である父親や、あこがれの存在であり目標である太田雄貴さんがすぐ近くにいつもいたことが最高の学ぶ環境であったと思います。

最高の指導者の下で学ぶことができたことにより、フェンシング選手が世界で勝つために持っていなければならないあるものを身に着けることができました。

飯村一輝さんのプレースタイルは、責めてきている相手の件を捉えた後に相手をつくスタイルであり、それが彼の世界で戦うための必殺技でもあります。

その名も、リポスト! なんともかっこいい名称です。フランス語で ”反撃”を意味 します。

これは、反射神経が優れていないとできない技で、生まれながらの素質と、反復練習によって培われた ものであると思われます。この技にさらに磨きをかけて行ってもらいたいですね。

飯村一輝さんに限らず、他のスーパーアスリートの子供の環境を見ていくと、親の子へのかかわり方ってすごく重要に思います。どれだけ子供と一緒にいてあげられ、どれだけ全身全霊をかけて子供にかかわっていくかでおおきくその子の将来が変わってくるように思います。

まとめ

飯村一輝さんという、将来日本のフェンシング界をけん引していくであろうスーパールーキーが誕生しました。

私も、親の目で常に彼の今後の活躍を見守りながら、注目していきたいと思います。

最後までお読みいただきましてありがとうございます。

★豆知識★

フェンシングは、”フレール” ”エペ” ”サーブル”の3種類の競技に分かれます。

フレール・・・有効面は胴体のみ(背中含む)グリップはシンプル(軽くて握りやすい)

エペ・・・・・有効面は全身すべて     グリップに大型カップ(長くて重い)

サーブル・・・有効面は腰より上 『突き』『切り』動作が可能 グリップは軍刀のイメージ

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